ツンベリーにおけるキノコ
志田信男


a  ツンベリーの「日本植物誌」(Flora Japonica)では、きのこはどのように取扱われているのだろうか、と思って、先年京都のキクオ書店でたまたま入手したこの本の復刻版を開いている。案の定少数ではあったが、きのこを扱った頁がある。

 KPYPTOGAMIA の項の pp.346〜349 に Fungi のタイトルのもとに、Agaricus, Boletus, Clavaria, Lycoperdon, Mucor の見出語(属名)がある。この内いくつかの項目には、当該の菌についての学問的な記述の他に和名、俗称、用途 etc. があげられている。たとえば、Agaricus については、和名 Naba(ナバ)があげられ、俗称、Taki(タキ)<たぶんタケ>とした上で、Sitaki, Fastaki, Mastaki, Kuragi および Kistaki があげられている。Sitaki はシイタケ、Mastaki はマスタケではなくマツタケであろう。Kuragi というのはキクラゲかと思ったら、じつは p.345 に KRYPTOGAMIA Algae の中に Tremella auricula としてあげられ、和名 Bokudsi(ボクジ)<たぶん木耳>、俗称キクラゲがあげられているから、そうではないのである。面白いのはキクラゲが Alga(藻類)の中に入れられていることである。ここで一言しておくと、リンネの高弟らしく、ツンベリーは一貫してリンネの分類によっているように思われる。

 ところでほんの思いつきで蔵書の中からこの本の頁をめくっていたのであるが、ここで筆者にとって一つの大発見があったのである。もっとも大発見といっても、知らなかったのは筆者だけかも知れないから、己の無知をさらけ出すことになるかも知れないが、とにかく内心ぞくぞくするほど嬉しい発見であった。というのは、Boletus の名の下に B. superosus, B. fomentarius, B. versicolor, B. agaricoides, B. dimidiatus があげられているのだが、この中の B. versicolor は和名 Saru no koskaki(サルノコスカキ)とされ、わざわざラテン語で Sella Simiae すなわち「サルノ=Simiae コシカケ=Sella」と説明されており、また B. dimidiatus は、和名 Mannen Taki(マンネンタキ)とされていることである。言葉としては前者がサルノコシカケ、後者がマンネンタケであることは明らかであろう。ただしこのキノコはさし絵によればレイシかどうかはさだかではない。また、種名としてのサルノコシカケが何をさすのかも不明であるが、いずれにせよリンネの分類ではサルノコシカケの仲間は Boletus に入れられているのである!

 それというのも、実は昨秋東大で行われた昭和60年度日本菌学会関東談話会で、「ヂィオスコリデスにおけるアガリュン」と題して話題提供をしたのであるが、その時問題にした Boletus の問題解決のカギがここにあるかも知れないからである。古代ギリシャの本草書ディオスコリデスの薬物誌中のアガリコンに対して、Agaricus sp. もしくは Boletus sp. とした注釈書の謎がもしかしたらこれで解けるかも知れないのである。もっとも今筆者の念頭にあるジョン・グッデイヤーの注釈本は1655年の刊行とあるから、リンネよりかなり先行するものである。したがって、きのこのこの部分の分類法はリンネ以前からの伝統的なものであったのかも知れない。いずれにせよ Boletus とサルノコシカケのたぐいのきのこを関係させることは、当時の分類法の観点からすれば必ずしも誤りとはいえないようである。が、このことに関しては問題提起をした責任上、さらに別の機会に詳しく考察してみたい。

 さて、LAVARIA の項では C. muscoides があげられているが、正体不明である。LYCOPERDON は Lycoperdon Tuber とされ、和名 Sjioro(シオロ)とあり、これはいうまでもなく松露のことである。

 Mucor は一般に<カビ>の意のラテン語であるが、ここであげられている種は Mucor Mucedo とされている。この菌に関する記述はたった一行で、ちなみに原文の例として引用すると、"Crescit in pane et aliis rebus vaiis"(パンやその他種々のものに発生する)とあるだけで正体は分からない。

 なお、ここで使用した日本植物誌の復刻版は、Carl Peter Thunberg, Flora japonica, Sistens Plantas insularum Japonicarum, New York, Oriole Editions 1975 で、原著は 1784 年刊である。また原文中「S」の表記は2種類あるが、本稿に引用したきのこの名前など便宜上すべて「S]で転記してある。

(1986.3.9)



HOME