キノコと家族
横山 元


a  「きのこ撮り」にとって朝寝坊の妻をもつほど致命的なことはない。私は雨上がりの朝など勤めが休みだからと言ってもゆっくり寝ていられない。異常に心がうきうきし一刻も早くきのこ探しにと、かりたてられるように出かけるのである。遠い昔、恋人に逢いにゆくあのときめきのような感動を覚えながら夜のうちに用意しておいたザックをかついで、ソーー、と出かけるのである。まだ妻は寝ている。寝顔が夫の私に小言を言っているかのように見える。「自分の趣味で妻の私に迷惑かけないでよ!」と聞こえたような気がした。「ふざけるな! 俺が懸命に働いているから朝寝坊も出来るんだ!」と心で叫んで、ソーーと玄関をあとにした。

 何年も繰り返しきのこ採りをしていると、いつ、どこへ行けばどんなきのこが生えているかだいたいの見当がつくようになる。匂いも同じように一度嗅いだきのこの香りはいつになっても頭の片すみに記憶しているからきのこを見ただけでそのきのこの匂いを思いだせるようになる。私の友人に山道を歩きながら今生えているきのこを匂いで探し当てる名人(?)がいる。永いきのこ採りの経験できのこが生える場所も香りも味も体で覚えているのでしょう。

 きのこの味覚は人によってだいぶ個人差がある。私と娘は苦みを感じないきのこであっても妻と息子が苦いと言う。同じきのこを食しても人それぞれ味の感じ方が違う。娘は私に顔形がそっくり、せがれは妻に似ているので、もしかしたら味覚は遺伝によって感じ方が左右されるのかもしれない。

 春から夏、そして秋まできのこシーズンの最盛期となる。きのこの写真を撮るだけならいいのだが根がきのこ好きな私はどうしても多めに採集してしまう。持ち帰ったきのこは妻任せだから庭に並べたきのこを前にいつも不機嫌そうな顔をしている。最近、たくさん採ってきても家族は誰も食べてくれない。仕方ないので家族のなかから試食のアルバイトを募集したら、せがれが「お父さん1本100円なら引受けてもいい」と言い、早速契約書を交わした。内容は正当な理由なく試食を拒否することは.......と下痢、腹痛を生じたときは見舞金として1000円以上を支払うことになっている。1本100円の試食代と言っても、私の少ない小遣銭の中から支払うのだから、同じきのこを試食されないよう選びぬいている。子供の匂いと味覚は案外正確なので頼りにしているのだが、庭いっぱいに並べたきのこを見て今日はいくら稼げるかなとせがれは心で、私は小遣いの減るのを心配している。しかし、まだ見舞金を払ったことがないのは幸いである。

(1986.2.2)



HOME