埼玉県立自然史博物館所蔵 菌類標本の再検討結果(1)
井口 潔


a  埼玉県立自然史博物館の、吉田、小林両氏の御好意により、筆者は、同館所蔵の菌類標本を検討させていただく機会を得ることができた。その結果、二点の標本について、その学名を同定することができ、そのうち一点は日本新産種であることが判明したため、とりあえず、ここに紹介し標本を利用する方々の参考に供したいと思う。

1.Discina warnei (P.K.) Sacc. ヒメシトネタケ (仮称)

(図1, a, b)
 *標本番号=No.924

 チャワンタケ目ノボリリュウ科 (Helvellacae) の、フクロシトネタケ属に分類される種類で、イタリアおよび北米より報告されているが、日本では初めての記録と思われる。
 径2〜4.5p の円盤状で、上面はほとんどくぼまず、コイン状〜センペイ状の外観を呈する。標本では茎の有無ははっきりしなかったが、裏面中央付近に、欠落した部分が認められ、恐らく採集時に茎部を残してもぎ取られたものと思う。(文献によれば、“こぶ状の 突起で基物に付く”という)。子実体 (きのこ) の縁は鋭くなく、厚ぼったい。きのこの上面はクリ色〜チョコレート色、下面は汚白色〜淡褐色を呈する。
 顕微鏡的には、胞子に著しい特徴がある。すなわち、表面にあまり著しくはないが明瞭な網目を有し、両端に見られる小突起 (付属体, Apiculum) が幅広く、かつその先端が鋭く尖っている。胞子の大きさは、Apiculum を含め18.5〜27.5x11〜13.5μm である。子のう は、長さ約300μm 先端にふたを有し、メルツァー液で青変しない。
 日本においては、Discina属の菌としては、D.Perlata(Fr.)Fr. フクロシトネタケが知 られているのみであるが、この菌はより大形(径4〜8cm)となり、胞子表面は網目状とならず、微細なイボを帯びるにとどまること、また Apiculum もより細長く、先端は丸味を有するなどの点で、本標本とは明らかに異なる(図2)。
 また、筆者は、日本未記録の Discina 属菌として、千葉より一種、東京都文京区より一種を得ている。前者は、青木実氏が、“オオナミチャワンタケ”の仮名を与えているもので、子実体は径15〜25cm ときわめて大きく、胞子表面はD.warnelよりもよく発達した網目を有し、Apiculum をまったく欠く点で区別される。文京区より得られた菌は、径1〜2cm の小形菌で、深い椀状を呈し、胞子は亜球形、平滑な点が著しい特徴である。
 これら二種は、恐らく新種であると考えられ、目下発表準備中である。D.warnel についても、合せて詳しく記述したいと考える。

2. Ramaria obtusissima (Pk.) Corner トサカホウキタケ

(図3, a〜d)
 *標本番号=N0899

 Ramaria ホウキタケ属の、Ramaria 亜属に分類される種類である。日本では、安田 (1920) および今井 (1904) によって報告されているが、その後の文献、図鑑には取上げられていないようであるので、ここにその特徴を記述しておく。
 きのこは大形、サンゴ状に分岐し、(9〜)15〜17〜6〜17cm、太い主茎を有し、淡クリーム色〜チーズ色で、上部ほど濃色;老成すれば、灰色を帯びた黄褐色となる; 肉は白く、繊維質、やや脆く変色性を欠く(文献によれぱやや苦みがあるという); 試薬に対する呈色反応は以下の通り; 硝酸鉄および塩化鉄により灰緑色に変色; グアヤク脂アルコール溶液により青変 (Petersen,1986による)〉
 顕微鏡下の所見として、組載は太さ0〜14μm でクランプを持つ菌糸よりなり、にかわ質の壁を持つ菌糸を混じる; 担子器は、43.5〜62.5×9〜13.5μm、こん棒状で、基部にクランプを有し、4個の胞子を付ける; 胞子は長楕円形、大きさ10.5〜16.5x0.5〜5μm ほとん ど平滑もしくは、極めて微かに縦のすじを帯びる; シスチジアは認められない。
 老成時、きのこの枝の先端がややふくれて指状となることと、胞子がほとんど平滑である点が特徴である。分布は、北半球温帯以北である。
 以上、埼玉県立自然史博物館に保存された標本について、とりあえず二点の所見を述べたが、同館にはなお多数の未同定標本が所蔵せられており、これからもその点数は増加していくと思われる。それらについても、逐次、検討した結果を報告したい。

(東京都荒川区西日暮里1丁目62-22)

参考文献

  • 伊藤誠哉(1955);日本菌類誌第2巻第4号、P.70. 養賢堂,東京
  • Mc Knight, K.H.(1969); A note on Discina. Mycologia61:614〜630.
  • Otani,Y.(1983); Notes on Some interesting Cup-fungi in Tsukuba Academic New Town Bul1. Natn. Sci. Mus. Ser. (B)5(2):51〜60.
  • Petersen,R.H.(1986): Soe Ramaria taxa from Nova Scotia. Can.J.Bot.64:1786〜1811.
  • Seaver,F.J.(1921); Photographs and descriptions of cup-fungi. IX. North American species of Discina. Mycologia 13:67〜71.



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