ある生物教師のぼやき
吉永 潔


a  元来、種子植物について興味をもってきた私ですが、埼玉に来て色々の事情から山を歩くことが久しくなり、また生物学のうえでの真面目さも消えかかり、山菜から野草そしてきのこを食べることに興味が移ってきました。高校生を対象に、継続的な実験でしかも植物の生活環の学習を目的にコケとシダの勉強をしようかとも思っていました。秋の生物研究会で非常に多種類のきのこがあることを知り、多くの方と同様に(?)「これほど食い物 があるのか!」と驚きつつ、「ヨーシ、いっぱい、きのこを食ってやるぞ」と思ったもの です。

 ところが、いくらきのこの識別法を聞いても少しも頭に残らないのです。よくよく考えてみると高等植物(どうもこの言葉は近頃違和感があるのですが)では、小さな毛に至るまでほぼ例外なく記述通りに生えていて形態的にはかなり規格化が完成されているわけです。ところが、きこときたひには、全身全てこれ毛(菌糸という)ですから極端にいえば規格化が完成されっこないわけです。悩んだ末、卜沢先生はあまりにも恐多いが、せめて、若手の福島先生ぐらいには(失礼)気軽に質問にいけるようになれぱなあ、と思ったものです。ところが、いざ福島先生のところに気軽に質問にいけるようになってみると、いかに、きのこについての知見が一般社会で入手し辛いかが分ってきました。まず、生物の特徴とも考える呼吸がどのような過程を経て行われているか、ということさえはっきりしません。一般に生物は、生きてゆく為のエネルギーを呼吸によって得ているわけですが、その過程には酸素を利用する酸素呼吸(有気呼吸)と、それ以外の方法による無酸素呼吸(無気呼吸)とが知られているのは、よく御存知のとおりです。一見、単純な体を持つコウポキンでさえ酸素呼吸と無酸素呼吸を時に応じて行うことが知られています。ですから、きのこの中には酸素呼吸によって生活しているものもあれぱ、無酸素呼吸を生活の基盤としているものもいるのかもしれません。よく、栽培関係の本を見ますと「この時期には、酸素を補給するためにフタを取る」等と、よく書かれているのをみかけますが、酸素呼吸をしていることをはっきり示した本に出会ったことがありません。「キノコ・カビの生態と観察」(築地書館)にも炭水化物やタンパク質が分解されて二酸化炭素と水およびアンモニアになるとの記述がありますからどうも素直に酸素呼吸をしていると読めぱいいのでしょうが、寒天培地に菌糸を培養すると試験管の中のすきまを所狭しと伸び回る菌糸がある一方、あたかも空気に触れるのさえ嫌だ、というように培地の中に潜りこんでしまう菌糸もみられます。これから考えると嫌気性の菌(無酸素呼吸の菌)が培地中に潜り込んでいるともおもえるわけです。

 また、菌根菌とそうでない菌があるとよくいわれますし、セルロース分解により生活する菌(褐色腐れを起こす)と、リグニンを分解することで生活している菌(白腐れを起こす)があると言われますが、菌根菌はセルロース、リグニンどちらも分解していないのではないか、と思いますが、そのあたりを統一的に説明するとどうなるのでしょうか。

 菌糸が基物に蔓延し、いざきのこが発茸するというとき、温度、あるいは光量(基物内 の含水量も重要ではないかと思いますが)などの諸条件の変化などにより、発茸すること が知られているが、はたしてこれは、特定の物質(植物ホルモンのような)を作るための物理的な刺激なのか、それともそれ等の刺激が直接細胞に働きかけて菌糸を発茸へと導くものなのか。安息香酸を初めとするいくつかの有機物にはエノキタケ、アミスギタケを発茸させる効果があることがあきらかにされたようですが(「化学と生物」村尾澤夫)、これらの物質が上の「特別の物質」に相当するものなのかどうか、あるいは物理的刺激に代わりうるものにすぎないのか。ともかくこのあたりは、殆ど分っていない事が多いようですが、生物の授業では、動物や植物のことは、あたかもよく分ったごとくのようにしゃぺっている手前、もうすこし話の種が出てこないことには、「きのこ学」に志す青年を育てようにも授業が組立てられないのが実状ではないでしょうか。大久保さん達に続いて早く、きのこを使った実験を行いたいと思っても機材の面で(機材のせいにしてはいけませんが)なかなか思うように行かないのが実状です。せめて、こんごも大久保さんのような、教育報告が続けられることを願って、また自分も早くそれができるよう、様々の実力を付けなけれぱと思います。

 ともかく、色々、分らないことだらけですが、ほとんどの日本菌学会の方にとれば常識的なことぱかりなのかも知れません。ようするに自分が勉強不足なだけかと思いますが、自分の立場をあくまでアマチュアの枠内においております。どなたか、このようなアマチュアにも分る、きのこの基本的な生活について書かれた、適当な書籍を御紹介いただけれぱ幸いと思います。




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