家庭で出来る簡単なきのこの標本作成
吉永潔(蓮田市)


a ◎凍結乾燥法について
埼玉県立自然史博物館で、真空凍結乾燥法によって、きのこの標本を作成して、収集しているのは皆さんご承知の事と思います。きのこをできる限り新鮮なうちに零下数十度に冷やして凍らせ、変形が起らないように固定します。( 生物学では固定という用語は少し異なった意味に使いますが広い意味では固定といっても良いと思います)この後、真空ポンプで、気圧を下げた容器の中に入れて置くと、きのこ内部の水分が、直接、水蒸気となって出ていき、しばらくすると、きのこの乾燥標本が出来上がるという訳です。この時、氷から水になった後水蒸気になるのではなく、直接、氷から水蒸気になる(昇華とよびます)所が重要で、このために、きのこは変形が少なく、また、退色などの原因となる酸化などの化学変化を、最小限に抑える事ができるのです。
真空凍結乾燥法によるきのこの標本作りは、このように原理から説明すると簡単なように見えますが、実は幾つかの困難があります。第一は、乾燥中に、氷が融けては(要するに水になっては)従来の風乾法よりでき上がりが悪い標本になってしまします。このために真空に耐える強固な分厚い容器を機密状態を保ったまま、かなりの低温下に置き続ける必要があります。次に、真空ポンプですが、通常の真空ポンプでは、内部に用いられている油に水が混じるとポンプの性能が落ちますので、水蒸気を排出するというこのような用途には使用できません。結論として、自然史博物館で行なわれている凍結乾燥法は、家庭ではもちろん、公立の学校設備では不可能だということです。

◎動機
そこで、私はもっと簡便な、誰でもできる方法がないものかと考えてみました。氷結したきのこから、水分を昇華させ、酸化も防ぐためには、たしかに真空ポンプで、空気圧を減圧し、空気に含まれる水分も酸素も共に除くのが最良でしょうが、乾燥剤によって水分圧(水分だけの圧力)を減圧することでもかなり目的にかなうはずだと思い、実行してみました。この事を考え始めるしばらく前から、シリカゲルによる乾燥法を幾度か使っていました。シリカゲルという乾燥剤のなかにきのこを埋没して乾燥させると、シリカゲルの粒子で傘の歪みや、柄のたわみがいくぶんか緩和される事を利用していたのです。

◎操作
まず、用意するものは、ドライフラワー用の粒子の小さいシリカゲルを1袋(大体500ml位入っている)と、密封できる容器ですが、この容器に関しではほとんどの容器が利用できます。たとえば、普通のびん類にラップ類で蓋をする事も可能だし、適当な口の大きい容器にビニール袋を敷き、茸とシリカゲルをセットした後ビニール袋を密閉してもいいようです。次に、テッシュペーパーを1枚づつにはがして用意します。そして、冷凍庫と、その中のスペースですが、案外このスペースが一般家庭では大変かも知れません。
次に、使った菌ですが、キツネノタイマツ、ツチスギタケ、の2種類です。キツネノタイマツを選んだ理由は、この仲間は、風乾法で標本を作ると、特にもろくなり、変形も大きかったからです。しかし、実はこの選択が成功だった事が後になって分りました。またツチスギタケは、ちょうどその時期に、私の勤務している蓮田高等学校の校地に、サイズが揃って発生したからです。実際の作成方法ですが、まず、キツネノタイマツの発茸直前の玉を哺乳ビンの底に湿したテッシュペーパーを入れて、安置し発茸を待ちました。
数日して、発茸し、成長した菌を容器ごと、冷凍庫に入れ、氷結させました。また、同時にシリカゲルも別に冷凍庫に入れ氷点下に冷やしておきます。菌が充分に氷結した後で、グレバにシリカゲルが付着しないようにサランラップで頭部のみを覆い、菌体を痛めないように注意しながら、冷却したシリカゲルを哺乳ビンに流し込んで、きのこを充分に埋めてしまいます。サランラップと輪ゴムで哺乳ビンに封をし、すばやく冷凍庫に戻しておきました。
ツチスギタケは採集後、土をできるだけ落とし、ビニール袋に入れて冷凍した後、テッシュペーパーを一重に剥がしてくるみ、シリカゲル中に埋めました。キツネノタイマツは3ヵ月、ツチスギタケは3週間冷凍庫で保管しました。
この期間中それぞれ4回と2回菌体の近くの、湿気を吸ったシリカゲルを入替える目的で容器をゆっくり反転する操作を行ないました。こうする事で、湿気を吸収してピンク色になったシリカゲルとまだ青色のシリカゲルが混じって乾燥効果が高められます。とくに、キツネノタイマツの場合は、容器底に水を多量に含んだテッシュペーパーがあるので時間がかかりました。

◎結果
キツネノタイマツは、予想よりはるかに良い出来で、きのこ頭部の赤色が半年後の現在まだはっきりのこっていますし、形もわずかに縮小した程度で、殆ど生品の状態です。
写真Iの右が本方法の凍結乾燥による標本で、左のものが従来の風乾標本で採集日は1週間前後しか違いませんし長さもさほど差がなつかったと記憶しております。
写真IIのものが、ツチスギタケですが、風乾法よりも、色・形が、いくぶんか良い程度で、傘の表面には皺がより柄も幾らか、たわんでいる状態です。

◎今後の課題
この他にも、現在幾つかの種について試作中ですが、どのような種について、この方法が適しているのかを、もっと調べる事が必要でしょう。キツネノタイマツについては最も適する種であると思えますが、必ずしも細胞の形状では乾燥による変形量は決らないようです。細胞が長いかどうかということが出来上がりに関係しているのかと思い、ベニタケ科の幾つかの種について標本をつくってみました。ベニタケ科のきのこはツチスギタケなどと違い細胞がからまりあうような長い細胞でできておらず、円形細胞によって構成されているために、変形が少ないかと思ったのです。しかし、風乾法よりは少ないものの、やはりかなりの変形が認められました。
この、変形に関しても、もっと計測的に変形量をデーター化する事で、様々の種を比較する必要がありそうです。もっとも、もっと基本的に標本価値の上からいっても生時の大きさ・重量はデーターとして、重要であろうと思います。色については、凍結真空乾燥法のように酸素を除かないため、やや問題点もありますが、形の保全という側面より、はるかに利用価値があるように思います。また、脱酸素剤の併用も考えれば良いかもしれません。
もう1つ、実は重要なところで問題点があります。たくさんの標本を同時に風乾法で乾燥するよりいいかも知れませんが、テッシュペーパーに包まれているとはいっても、繰り返し使用するシリカゲルに、多種のきのこの胞子が混入して、標本に付着する訳で、研究に使用するには問題点の1つになります。ただこの胞子の問題は、逆に長所として、風乾法と違って加熱していないので、まだ発芽力が残っている可能性があります。この点も試験してみる価値がありそうです。
最後に、所要時間の問題ですが、同種の同じサイズのきのこが手にはいったとき、最短時間で、いくらぐらいの乾燥時間が必要なのかを、もっと多くのきのこについて調べる必要があると思います。

◎克服されそうもない問題点!
難点は、まず冷凍庫のスペースをかなり裂かなければならない事で、こんなことをするくらいなら食用のきのこを蓄える方が魅力的かな(?)などとも思ってしまいます。しかも、今方法を煮詰める事で、幾らか短縮できるとしても、かなりの時間を費やす訳ですのでその間冷凍庫はスペースーを裂かなければならなくなる訳です。

◎同志のお誘い
まだまだ改善の余地はありますが、この方法は材料もほとんど必要としないし(シリカゲルは加熱する事で繰り返し使用できる)難しい方法ではないので、会員の方で種類を覚えて行きたい方は是非、例会できのこの名前を覚えるだけでなく、自分で標本作りぐらいは挑戦していかがでしょうか。



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