会発足の思い出
福島隆一(伊勢崎市)


a 埼玉県の生物教師として一歩を踏み出したのは昭和49年であった。生物の教員研修を兼ねた現地研修会で最も興味を引いたのが羽生(法蔵寺沼)で行われたムジナモの調査で見た草食魚ワタカと、秋に行われたきのこの勉強会でした。きのこについては全くの無知であり、指導なさってくださったト沢先生が○○タケ、××チチタケ・・「これは毒です」、「これは食べられます。」とお話してくださる言葉に驚きと興奮を覚えたものです。初めて食べたウラベニホテイシメジとサクラシメジのナス炒めはホロ苦くこのおいしさにも感激したものです。その後授業でもおこなった課題研究学習できのこの栽培を行ない大貫菌蕈より購入した「デルデルセット」のタモギタケが梅雨の頃、見事なレモン色の傘を開いた時には生徒と一緒に喜びました。更に雑木林の生態調査をしていた別の生徒達が 7月初めの頃、バケツに2杯、大型で黒いきのこや赤いきのこを持ってきて、名前を教えてくださいということになった。さっそくト沢先生の所へ持参し名前をお伺いした所クロハツタケとヤブレベニタケ(アカフチベニタケ)であるということでした。これ程たくさんの大型きのこが出るものかと自分の目で確かめに行き、蚊に食われながらきのこ探しをしたことを今でも鮮明に思い出します。
 昭和54年に上尾南高校に転勤してからは、大宮市高木の雑木林が校庭と続いていたので、毎日雑木林めぐりが日課となり、平地のきのこを覚えるチャンスでありました。不明なきのこはト沢先生に見てもらい少しずつ図鑑を自分なりに見られるようになったようです。
 その後神奈川県にきのこの会があることを知り入会させてもらい勉強しました。神奈川のきのこの会には(故)今関六也氏がおり、採集した埼玉県産の硬いきのこを持参したくさんの種をお教えいただきました。年に一度、会のおまねきでおいでいただいた本郷先生にはハラタケ目を中心にお教えいただき、感謝するばかりでした。
 また、日本きのこ図版の著者、青木実氏には高和さんにお願いし、不明なきのこの指導をいただきました。やがて、ト沢先生も小林先生も神奈川きのこの会に入会し研修を積みました。時にはきのこの会を作りたいものだということは話題になりました。この年(昭和58年)10月に思わぬことから会の発足へと進んでゆくことになったわけです。当時、私は川越の岸町の教職員住宅に住んでいたので車で20分も走ると大井の林に行くことができました。高圧線の近くを歩いていた品の良い夫妻に出会い、お声がけをしたのが現在の松村夫妻でした。きのこ好きの夫妻と意気統合し、12月に菊地さんを交えて一杯飲みながら「川越にきのこの会を作ろう」という話しが盛り上がってきました。会を作るのであれば全県的な会を作ろうと決意し、ト沢先生や小林先生を初め林業試験場の福田さん達にお声がけをし昭和59年3月20日、川越の初雁幼稚園を会場にお借りし、埼玉キノコ同好会が 12名の会員で発足しました。
 会の流れは神奈川を手本にしたので毎月一回程度の野外勉強会を埼玉県を中心に開催し北関東を中心とした宿泊勉強会等、順次組まれてゆきました。発足の当時からきのこの栽培には強い感心があったので、冬場のきのこのオフシーズンにシイタケやナメコ、ヒラタケ等の原木栽培を行なう等埼玉独自の会の運営もスタートしました。きのこの栽培は技術を要するので最初の2年程は四苦八苦しましたが、昭和60年、国立林業試験場で1年、長期研修を受けさせていただき、菌株や保存、種菌づくり等の技術を身につけ、日ごとに技術を高めてからは、会の栽培技術も向上したように思います。
 会員数も12名からスタートし昭和63年には100名を越え、今年度は200名に近づいてまいりました。しかし10年前にきのこの勉強をする埼玉の会を作った当時とは私自身の物の考え方もずいぶん変わってまいりました。きのこの類は子のう菌の一部や担子菌と呼ばれる菌類であり、生態系の一員であり、生き物であります。植物や動物に分類学や遺伝学、発生学、進化学、生理学、生理化学、病理学、生態学等がありますようにきのこの世界も同様であるはずです。しかし現実は一番基本的な分類ができておらず、個々のきのこの生活史等はほとんど手つかずです。また多くのきのこの類は菌根生活をしている場合が多く、菌糸を成長させることもままならない状況です。
 近年、外国から優れた研究の波に洗われ始め、一部の大学や研究所できのこの生物学が研究され始めてきました。研究にはお金がかかりますの.で、どうしても「ヒモ」付きや「コブ」付きが多くなり企業とのタイアップ等が多く見られますが、素直な気持ちできのこという生き物を見、そこに生き物のすばらしい仕組みに感動し、付き合いを深めることが、今、必要なことではないでしょうか。
 埼玉きのこ研究会も今年で10年目になり、ここまで会が発展するには会長さんを始め、幹事さんや会員の皆様の無償の精神の「たまもの」と思います。200人からの会員を有するようになり、会の運営も多難になりますが、きのこの同好会の志を思い返し今後も努力してゆきたいと思います。



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