ハナビラタケというきのこ 学名 Sprassis crispa


a  ハナビラタケというきのこは、分類学的には、真菌門・担子菌亜門・真正担子菌綱・帽菌亜門・ヒダナシタケ目・ハナビラタケ科・ハナビラタケ属・ハナビラタケ(種)という、1科1属2種の小さな科のきのこである。
 白いハボタン状の大型のきのこであり、柄は繰り返し枝を分枝する。枝は花びら状に薄く(1mm〜1.5mm)波打つ。子実層は、花びら状の枝の下側(重力・方向側)にだけ発達する。組織は電子顕微鏡で見ると、多孔質になっている。胞子は楕円形6〜7×4〜5マイクロメートル・非アミロイド(ヨウ素デンプン反応なし)。

ハナビラタケの色
 自然で採取したハナビラタケの多くは、薄い黄褐色のものが多い。しかし、生息状況により異なり、木のウロ等から発生したものは、光が当たらないことや、内部の湿度が高いことなどから、白色で花びら状の柄の分枝が多く、サンゴのように美しいものも見られる。人工栽培を行うと、栽培室の湿度は90%以上あり、薄暗い光り条件なので成長途中はほぼ白色である。また、無風であるため花びら状の柄の成長は自由に成長し続けるという感じを受ける。

生息場所
 針葉樹の根本や切り株または、倒木の地際から生えてくることが多い。関東地方では、カラマツ林に多く発生する。またモミやコメツガの切り株等にも見られる。
 ハナビラタケの発生時期と発生温度
 関東地方では、7月〜9月の夏場に発生する。カラマツ・ミズナラ帯の夏場の温度を考えると多くは20度C〜25度C前後と思われ、私達が人工栽培する室内温度と同じくらいである。ということは、ハナビラタケの発生する適性温度は約20度Cくらいであると考えられる。また、京都の智恩院裏山では、10月末頃にアカマツからハナビラタケが発生している様子を見つけたことがあると聞いたので20度C以下でもゆっくりと成長すると考えられる。また、野外で人工栽培をしていると11月に入ると、きのこの成長が止まるので、約15度C以下では、成長できなくなるのではないかと思われる。

ハナビラタケが発生する樹木
 いろいろな人達から情報を集めると、主にカラマツの木が多い。次にコメツガ・アオモリトドマツ・モミ・アカマツ等の針葉樹に発生する。なお、ブナやカシワの木(広葉樹)に発生していたという情報をよせてくれた方もいた。1997年の夏に広葉樹(シナノキ・コナラ・クヌギ・サワグルミ・ブナ・トチ・ドロノキ・アカメヤナギ・ケヤキ・ハルニレ・アキニレ・オヒョウ・ムクノキ・シラカシ・アオハダ)等を滅菌してハナビラタケの原木栽培を行ったが、これらの樹種の中では、ブナがハナビラタケの成長が一番良く、5本の中2本の原木からきのこが発生した。なお、アカメヤナギの場合3〜4cmの子実体原基が発生するがやがて褐変して、子実体にならない例も多く見られた。

ハナビラタケの初期発生
 原木栽培や菌床栽培、ビン栽培等の方法があるが、ハナビラタケの初期発生は、共通したものがある。
 1.菌糸が培地全面に広がってくる
 2.(きのこができやすい温度)発生適温の場合、菌糸が培地内に伸びきらないうちに、白色菌糸コロニーが成長してくる
 3.白色菌糸コロニーが成長し、2cm〜3cmという大型の粒塊をつくる。
 4.一番大きな純白粒塊が著しく成長してくる場合は、子実体を形成する確率が高いので、袋を破り原木培地や菌床を取り出す。ビン栽培の場合はフタを開ける。
 5.白色粒塊の形状により、その後の初期発生は、様々だが多くの場合写真のように進行する。
 (a)白色粒塊の上部に肌色のような塊が出現し、その表面をルーペで拡大すると泡状の子実体が無数に発生してくる。
 (b)白色粒塊上部に発生する幼子実体の色は、肌色がかった少し赤みを帯びている場合や暗色がかった肌色のものまで様々であるが、白色粒塊の周辺に出現することは共通している。

ハナビラタケの大きさ
 小さなものは5cm位のものも見られるが、多くは10cm〜20cmの大きさである。しかし、中には30cmを超える大型のハナビラタケもあり、まれに、50cmという超大型のものが発生することもある。

ハナビラタケの腐朽力
 以前、人工栽培した、ハナビラタケの写真を、本郷次雄氏に送ったところ、ハナビラタケはこのようにして初期発生するのかと感心していた。以前マツオウジという代表的な褐色腐朽菌を栽培したことがあったが、マツオウジの場合は、辺材だけでなく、心材部分まで分解してしまうようであり、腐朽材はボロボロとくずれ落ちてしまう程腐朽力が強いものであった。しかし、ハナビラタケの場合、写真に見られるように心材部分は、ほとんど腐朽した感じがないので、自然界での腐朽状態とは異なると思うが、F培地含浸原木栽培法においては、辺材部分を腐朽させているように見受けられる。つまり、マツオウジ等とは同じ褐色腐朽菌といっても栄養要求性が異なり、食生活が異なることを意味している。
ハナビラタケは褐色腐朽菌
【セルロース分解菌】と【リグニン分解菌】があり、簡単にいうと腐朽材が白っぽい色をしているものはリグニン分解菌によるもので、これを白色腐朽または白色腐れという。また、腐朽材が褐色になるものは、セルロース分解菌によるもので、褐色腐朽または褐色腐れという。『ハナビラタケ』については、図鑑などに「材に褐色腐れをおこす」と記されており、単糖類セルロース等を主食にしているきのこであると思われる。

地面をはうハナビラタケ
 平成5年、大型の発泡スチロールにハナビラタケのビンを赤玉土に伏せ込み、上部を透明ビニールで被い、25度Cの培養室で観察を続けた。発生してきたハナビラタケを採集せずに2本だけ観察を続けたところ、やがて地面をはうように成長していた。6ヵ月間観察を続けたが、(写真のように)右へ右へと成長を続けた。新しい子実体原基はついには発泡スチロールの壁を登って行くように成長した。反対に(左側の)古い子実体はだんだんと古くなるにつれて枯死しているように見えたが、一部透明な膜状体のようなものがビン口からオガクズにつながっているところが観察できた。採集してみて分かったことだが、ハナビラタケの子実体の下側にぶ厚い菌塊があり、ずっしりとした重みを感じた。無風状態100%の高湿度21度Cの恒温条件下という中で特殊な成長と思われるが、ハナビラタケというきのこの一面をうかがえた気がする。

菌糸の成長と子実体原基形成が同時進行
 ハナビラタケの菌糸を試験管の中で20度C〜25度Cで育てるとゆっくりと菌糸のコロニーが成長してくる。培地全面に菌糸が伸びきらないうちに透明色の菌膜がガラス壁に広がってくるが、この頃になると菌膜が一部厚くなり、白さが目立ち、やがてハナビラタケが、発生してくる様子を観察することができる。著しい場合には、接種した中央の位置が盛り上がりやがて純白の子実体原基が形成され、花びら状の枝が出現してくる。つまり、成長途中のコロニーの中央部分から、ハナビラタケが発生してくるということだ。私達の知っているシイタケやナメコ、ヒラタケ、エノキタケ、マイタケ、マッシュルーム…などのきのこは菌糸が培地全面にまわり、熟成した後にきのこが発生するのが、ハナビラタケは菌糸が成長しながら、きのこを形成するという特異なきのこであることがわかった。鳥取大学農学部の北本豊先生とお話した時に、この種のきのこの仲間に、カンゾウタケというきのこがあり、やはり難しいきのこであると聞いている。菌糸が伸び切らない内にきのこが成長してくるという現象は、今年度の実験3ではっきりとあらわれてきた。特にF培地の量を多くした培地で見られた。植菌から3週間くらいで、ビンの肩口と底面上部に成長した菌糸が見られたが、中央部分は全く菌糸の成長が見られないにもかかわらず、ビン口周辺にはガラス壁に沿って子実体原基が成長を続け50日程で、大きな原基が形成された。その後1ヵ月程で立派なハナビラタケに成長したが、ビンの中央部の菌糸は序々に伸び続けている様子が観られた。ハナビラタケは20度C〜25度Cの子実体形成適温の条件下では菌糸が成長しながらきのこをつくるタイプの菌であるということが理解できた。

胞子の発芽
 平成5年7月17日、世界で初めてハナビラタケの人工栽培に成功し、新聞発表をするため記者と一緒に、次ページの写真を撮った時のことであるが、外に出して見て初めてわかったことだが、十分に成熟したハナビラタケの下側の赤玉土表面が白く、カビていることに気がついた。よく観察してみると、カビではなく胞子が発芽をし、濡れた地面の表面をうっすらとハナビラタケの菌糸が、被っている様子がわかる。

菌株の劣化が少ない菌である
 私たちのところには4000系統に及ぶ保存菌株があるが、古いハナビラタケの菌株は、No.162、No.583等がある。No.162は1985年8月11日に分離し、No.583は1987年8月15日に分離したものである。昨年までのハナビラタケの実験に使った菌株は、全てNo.583を使っていたが、この元の保存菌株は毎年1回保存用の培地に植え継いでいるものである。様々な本を読むと多くのきのこで、長いこと植え継いだり保存した菌株については遺伝的な形質に変異がおこり菌糸の成長やきのこの形成に変化が現われてしまう場合があると聞いていたので今年度は、これらの問題をチェックしてみた。
実験は次のような2つの方法で行った。
 1.平成7年に保存した菌株から種菌を作った。
 2.平成5年に作ったオガクズ培地からハナビラタケの菌糸を純粋培養して種菌を作った。
 この2つの種菌からきのこを作ってみたが、菌糸の成長やきのこの形成に差が見られなかった。以上の簡単な実験からハナビラタケNo.583の場合10年以上植え継いだ保存菌株でも形質の変異は認められなかった。

高温障害について
 平成4年7月の末、工学科の培養室が落雷により、温度コントロールができなくなり、25度Cの恒温室内で観察していたハナビラタケを室外に出すことになった。明日から夏休みという前日、熊谷地区を襲った熱波は39度Cを超え私達の活動している部室も36.5度Cまで気温が上昇していた。温度が高く急激に暑くなり後頭部を冷やしながら農ク関東大会用の資料作りに追われていた。この時、部屋の中に置いたハナビラタケは翌日全てが黒ずみ、しなびてしまった。平成5年7月の時にも、同じように部屋で伏せ込んだところ、高温障害をおこし、きのこは黒ずみ、すぐに腐ってしまった。後の経験から30度Cを超えるとハナビラタケの場合、高温障害が起こることがわかってきた。35度Cを超えると一晩で煮えたようになってしまうこともわかった。

No.3779の菌株について
 平成6年8月31日、北海道札幌市郊外にある藻岩山産のハナビラタケがクール宅急便で3系統届いた。きのこは新聞紙に包まれ、箱を開けたところ、とても良い香りがした。野生のハナビラタケはすぐ分離しNo.3777、No.3779、No.3780の3系統を培養したが、No.3780はカビやバクテリアに犯されて純粋培養に失敗した。今年度の予備実験で5系統の菌株を使って培地を作ったが、子実体を形成して驚いた。No.3779はNo.3776の十文字峠で採取したハナビラタケと比較して、純白種といえる程白く、花びら状の枝が伸びてくるが、最初、針状に伸びてくる等、大きく異なっていた。平成7年6月19日、北海道修学旅行に行き、この晩(上川きのこの会の会長)、佐藤清吉さんのお宅を訪問し、ハナビラタケについてお話しを聞いた。佐藤清吉さんは、「北海道でも本州と同じでほとんどがカラマツの木に発生する」と言いきっていた。その他にアカエゾマツにも発生するが、佐藤さんは、まれにしか見ていないとのことであった。また、熊谷農業で保存しているNo.162・No.583・No.1250・No.3372・No.3376等の系統はハナビラタケの大型になるクリーム色がかった系統であるが北海道では、大変めずらしい種であるということを話していた。北海道ではNo.3779に大表される白色の系統が多いそうだ。



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