済州島を訪ねて
佐藤俊朗(与野市)


a  台風が東支那海に停滞し、雨模様の済州島空港から宿舎に向かう。関東から4人、広島から9人、鳥取・山口を入れて日本からは総勢21人であった。
 翌朝9時出発、「はちまき道」といわれた第二横断道から国立公園に入り、標高900mの地点に達する。
 済州島は火山活動で形成された火山島で、韓半島で最大、長軸が73km、短軸が31km、面積1825平方kmの楕円形をなし、中央に1950mの漢拏山が居座っている。楯状火山の地形で堆積岩類で構成され、一部海岸地域を除いては島全体が火山岩類で特異の火山地形も見られる。気候は亜熱帯気候から亜寒帯気候にいたる垂直分布をあわらしている。年間雨量は本土よりやや多く土壌は酸性茶褐色山林土と火山稀岩砕土とからなる。南斜面と北斜面に水系が発達し、とくに南斜面は峡谷を作れず河幅が広い。河の水が伏流水となって「乾川」をなしいてるところが多い。
 植物は約1600余種、植生分布は温帯落葉樹林帯から寒帯針葉樹林帯まであり興味ぶかい。日本の屋久島に似ているが、すべての点で大きくゆるやかな雰囲気が感じとられる。
 漢拏山への登山は許可を要し、山頂は立ち入り禁止と聞いている。まして、菌類採集ということは容易なことではない。「日韓合同採集会」ということで、両国がそれぞれバス一台に分乗して国立公園の林内に入り、5時間にわたって採集できることは、誠に幸せなことであった。
 林道から少し入った空地で形どおりの儀式があった。韓国、続いて日本、それぞれの菌学会会長の挨拶がありガイドが通訳をする。続いて、韓国の担当者が地図と資料を配付、地形や採集についての注意がある。顔つきが似ている上に採集道具やカメラを持っているので親近感が湧いてくるが言葉が通じない。
 霧が深く視野は100mぐらいだろうか。緑あざやかで深山を徘徊する気分である。採集に入った温帯落葉樹林帯ではアカシデ類・ブナ類・ヤマザクラ類が多く、チョウセンシラベ等の針葉樹林が散在していた。草本ではアマドコロ・クレ竹・天麻等が分布している。日本でよく見かけるフキやイラクサなどは少なく、コンニャクの仲間が自生していた。下草の状態は非常によく日本にも見られるきのこが殆どである。
 オオキツネタケ、サクラタケ、ツエタケ、ヒナノガサ、カバイロツルタケ、ドクツルタケ、ザラエノハラタケ、ウラベニガサ、センボンイチメガサ、ニガクリタケ、キショウゲンジ、アカヤマドリタケ、ニガイグチモドキなど30種類近く採集できた。指定されたエリアの中でさえ地形は変化に富んでいる。不安を感じながらも一人で深入りした川幅2mぐらいの渓流を進んだところに、マツやモミのすばらしい林があり、下草のない絶好の地域を見つけた。そこには手つかずのタマゴタケやガンタケの美しい群生が見られ、数本づつていねいに持ち帰った。
 4時前に集合地に舞い戻り周囲を散策すると国立公園といいながら、あまり手入れのよくないシイタケの榾木があちこちに積み上げられていることに気づいた。きのこ博物館があるというので行ってみた。何のことはない20坪ぐらいの木造平屋に50点ばかり、液浸標本とその写真が展示され、漢拏山の菌類相について説明されたポスターがあったがハングル文字では如何ともしがたい。
 帰還すると直ちに車庫に向かい採集品を広げて観察と同定に入る。日韓合わせて50名ぐらいで混雑したが、写真を撮ったりメモをしたりする人は少ない。採集品の中ではいちばん美しいと自負したタマゴタケとガンタケは殆ど注目されなかった。韓国では天然きのこに対しての関心が可成り低いのではないか、あるいはありふれたきのことして無視されたのだろうか。どうも混雑の割には熱気が感じられなかった。余談になるが数年前、カナダとスイスできのこを採集したが種名がはっきりっせず大した勉強にはならなかった。今回は、学名一覧を手帳にまとめて持参し、韓国の学者先生に訊ねようと思っていた。しかし、長沢栄史氏が手際よく片っ端から同定して学名を記載、日本の和名までつけてくださった。青島清雄先生が欠席で固いきのこの同定がやや不充分のようであったが、韓国の学者先生は遠慮してか積極的には動かなかったように思われた。
 韓国の方々といろいろ話そうにも言葉が全く通じない。しかし、手元においている韓国菌類図鑑が記念に欲しいという気持ちになる。片言の英語で話すと何とか通じた。
「代金を頂いて後日送ってもよいが、できれば手持ちの日本の図鑑と交換したい」というのである。得たりとばかり山渓のフィールドブックス「きのこ」と「韓国菌類図鑑」1988年版とを、署名し合って交換したことは言うまでもない。著者の李址烈氏は東京教育大学で学位をとり日本語に堪能な方で、韓国菌学会及び植物分類学会の会長を歴任され、当日は会場に見えていたが静かに全体を見渡しておられたようである。
 この日同定された「菌類」と、趙徳×氏による「漢拏山の菌類目録」とを数値で比較すればつぎのようになる。(数字は当日採取された数、( ) 内は趙氏の目録に記されている数)

ヌメリガサ科0(3)
キシメジ科9(39)
スエヒロタケ科0(1)
テングタケ科18(18)
ヒラタケ科1(2)
ハラタケ科1(5)
キツネノカラカサ科0(8)
ヒトヨタケ科0(11)
オキナタケ科0(5)
モエギタケ科2(9)
フウセンタケ科1(13)
チャヒラタケ科0(3)
イッポンシメジ科3(3)
イグチ科9(20)
オニイグチ科0(2)
ベニタケ科6(24)
シロソウメンタケ科0(8)
フサヒメホウキタケ科0(1)
ホウキタケ科0(1)
コウヤクタケ科0(1)
ウロコタケ科1(4)
ニクハリタケ科1(1)
カノシタ科0(1)
マツカサタケ科0(1)
イボタケ科0(1)
ニンギョウタケモドキ科0(1)
多孔菌科6(29)
マンネンタケ科0(1)
タバコウロコタケ科1(2)
ツチグリ科1(1)
ニセショウロ科0(2)
クチベニタケ科1(1)
ヒメツチグリ科0(2)
ホコリタケ科1(3)
アカカゴタケ科0(1)
スッポンタケ科0(2)
シロキクラゲ科0(1)
キクラゲ科2(2)
ヒメキクラゲ科0(1)
アカキクラゲ科1(1)

 広島の山崎雅永さんの記録によれば、同定された種は58種、その内訳はハラタケ類39、ヒダナシタケ類10、腹菌類6、子嚢菌類3である。
 この2つの資料を検討すると、58種中、実に21種が李氏の「漢拏山目録」に記載されていない。

 Laccaria bicolorオオキツネタケ、Oudemansiella radicataツエタケ、Gerronema fibulaヒナノガサ、Collybia Kumma、Asterophora lycoperdoidesヤグラタケ、Amanita esculentaドウシンタケ、Boletus speciosusアカジコウ、Tylopilus rigensオクヤマニガイグチ、Leccinum griseumスミゾメヤマイグチ、Leccinum scabrumヤマイグチ、Russula nigricansクロハツ、Russula neoemeticaドクベニダマシ、Russula alboareolataヒビワレシロハツ、Coltricia cinnamomeaニッケイタケ、Hymenochaete mougeotiiアカウロコタケ、Steccherinum rhoisアラゲニクハリタケ、Merulicopsis coriumカワシワタケ、Stereum ostreaチャウロコタケ、Exidia glandulosaヒメキクラゲ、Pseudohydnum gelatinosumニカワハリタケ、Calocera viscosaニカワホウキタケである。

 済州島を一度訪れただけで素人の私が云々するのはどうかと思うが、この事実から韓国の天然きのこに対する関心は可成低いのではないか、そして分類などの研究も遅れているのではないかと推測させられる。採集された種類が少なかったことは時期の関係であり、林相や降水量などからみて最盛期にはまだまだ多種大量の菌類が産出される宝庫であると思われた。
 前述のパンフレット「漢拏山の菌類相」はハングル文字のため解読できず、菌類に無関係の友人に翻訳をしてもらった。おぼろげながら見当がついた分を紹介させて頂くことにする。
 正確に把握されている韓国のきのこは1978年で588種、1990年で885種が韓国菌類学会でまとめられ、さらに1992年には林業研究院が1033種、1993年は鄭氏が992種を調査している。このように菌類目録にはもれ落ちた種が少なくなかった。
最近になって、韓国菌類図鑑2、自然保護協会誌、東洋自然植物誌、韓国自然植物誌、光洲保健大学論文集その他に毎年追加発表されているので、現在はおよそ1500種になるだろうと記されている。
 漢拏山のきのこに関する研究は100年ほど前1905年に日本人がシイタケの栽培を試みてから始まった。1959年、李(址烈)氏が1綱、2亜綱、3門、17科、44属、82種を報告している。その後、幾つかの報告がなされているが、1992年になって呉氏が96属189種をまとめた。1996年になって李氏が「漢拏山一帯の高等菌類相」で、担子菌49科153種、子嚢菌亜門37科124種の調査結果を発表している。このうち食用に可能なものは56種、薬用34種、毒菌15種、昆虫病理菌5種、木材腐敗菌13種である。
 素氏と趙氏による「原色漢拏山のキノコ」300種は間もなく出版される予定だという。趙徳玄氏のパンフレットにはつぎのようにまとめられている。
 済州島では野生きのこを食用にしたり、薬用として使用したという記録は特に見いだされていない。しかし、漢拏山の生態的条件から多くのきのこが発生している筈であり、民間で食用または薬用に使用された可能性は高い。とくに漢拏山シイタケは品質が優れており、可成前から広く知られていた。秋季にはしばしば毒きのこを誤食して中毒をおこした事故も報じられている。しかし、自然環境が極めて多様であるに拘らず漢拏山のきのこに関する調査は微々たるもので、低い水準にとどまっている。この方面の調査研究を継続するならば、より多くの種類が明らかにされ、天然資源の開発を進めることにより済州島の経済生活に大きく貢献できるだろうということである。
 7時から日韓両国の懇親会である。ホテルの大広間、正面に「1997年度 韓・日菌學會合同菌類採集會 濟州道」と立派な横断幕が正面にかかげられ、明るくはでやかな会場が用意されてあった。「学」、「会」、「済」といった略字は使わず伝統的な漢字が正確に使われていて懐かしい。韓国では漢字とハングル文字をどのように使いわけているのか、ハングル文字とは一体どういうものなのか、もっとも近い国でありながら知らないことが多すぎる。一卓に8人ばかり、9卓ほど並べられていたので参加者は70〜80人ぐらいだろう。せっかく済州島までやってきたことでもある、できるだけ韓国の人と交流しようと考え、図鑑を交換した李相宜氏の隣りに席をとった。両国の会長の挨拶は簡単明瞭、さっそく乾杯に入った。
 韓国料理のバイキング方式、ビールよりも済州島の特産焼酎が喜ばれている。酒がまわるにつれ何となく話してみたい気になるが、先方もそうらしい。世間ばなしの類いは英語の単語で通じた。李相宜氏は韓国教員大学校で生物学を教え、「菌学と植物の共生」を専門とする学者であった。名古屋、奈良、大阪に滞在したことがあり、ご母堂が「ブルーライト・ヨコハマ」が大好きで、カラオケに時々でかける話など楽しい懇談ができた。きのこの話はやはり学名が仲介してくれる。李氏が持っていた菌類図鑑を開きながら、Amanita muscaria(ベニテングタケ)やAmanita porphyria(コテングタ)を日本では食べる人がいるとか、韓国ではLyophyllum decastes(ハタケシメジ)を食わせるとか、こんな話には興味をもってくれたようである。日本では珍しいAmanita phalloides(タマゴテングタケ)が韓国ではよく見かけられるなど話題は尽きない。相手は韓国の菌類学者、こちはらきのこ好きの素人にすぎないが、「きのこの縁」で結びついたことに大きな喜びを感ずるのであった。
「ブルーライト・ヨコハマ」を唄おうということで何となく二次会にくり出すはめになってしまう。李氏とその助手、こちらからは森永力氏・堀越孝雄氏・吹春俊光氏など8人場狩り、ふりかえってみると今回の合同採集会を推進して頂いたメンバーの中に、全く無縁の私が一人混じっているだけではないか。酒というものは人間におそろしいほど自信をつけてくれるものだと思ったことであった。菌学会の新しい企画が成功裡に終り、お互いにくつろいで大いに歌いまくったようである。歌はすべて日本の演歌とそれに類するもので、画面には上段にハングル文字、下段に日本文字で歌詞が現われてくる。李氏らのパワーあふれる歌いぶりには目を見はるばかり。韓国の勢い、迫力に圧倒された。この国は益々発展するのではないかと痛感した。
済州島から成田への便はあまりよくない。
翌朝、関東から参加した4人はみやげ店に立ち寄らされてから空港に10時頃到着した。たった一日、しかし極めて濃度の厚い「きのこ三昧」の採集会であった。菌類に関しては広島と韓国とは以前から交流があり、新しい海外採集地として済州島を企画したらしい。企画担当をされた広島はじめ多くのかたがたに感謝するとともに、第二、第三の海外採集会を夢みているところである。




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