キノコの成分(3)
塩津 晋(浦和市)


a

§3.キノコの生理活性(3次機能)

 私達日本人は、40年位前まで、キノコを山里の季節の恵み、じつは貴重な栄養源として愛用していた。それが何時でもどこでも、カロリー 脂質 蛋白質と、それに高吸収性の食品に溢れる飽食の社会になるにつれ、キノコの食品としての立場は、上記『4高』に対する『4低』的役割、すなわち3次機能的価値にこそありと再評価されることになっわけである。
 このことをもう少し具体的に述べると、戦前の粗食、戦後の食糧不足が徐々に解消し、憧れの欧米の食生活に追い付けの昭和40年頃まで、きのこ・海藻・野菜等の4低食品は、「栄養価がひくい」「消化が悪い」「苦い・まずい」などと、4高食品と比べ脇役に追いやられていた。
 一方、運動不足を背景とする、山野の恵みを遠ざけてきた飽食の報いは、じわじわとやってくる。国民病と云われた若い人の結核と入れ替わって、成人病から生活習慣病に言い方の変わった心疾患・糖尿病等から癌がクローズアップすることとなった。
 元来、狩猟民族型の食習慣と先んじて飽食の社会となった米国などでは、その反省から新しいあるべき食物的価値に気付き始めてきた。言い換えれば、生命維持のための栄養学から健康のための栄養学への展開である。その反省点とは、「脂質とくに獣脂のウエイト減少化」「砂糖摂取の抑制と総カロリー中の穀物依存の増大化」と「植物性食品、食物繊維摂取の必要性」であり、これらのアピールは日本でも今でこそ常識となっているが、1970年頃の米国会におけるマクガバン報告の内容である。とりもなおさず、4高から4低食生活への回帰にほかならない。
 その後、食物繊維のほかにもうひとつの健康維持増進の役割を担う一群の物質が次々に明らかにされてきた。これらの成分は、食物繊維が主に高分子の糖質であるのに対し、生理活性低分子植物成分とでもいうものである。その広がりは植物や菌類に無限に存在し、一般に、苦いものや鮮やかな色のものが多く、フラボノイド・テルペノイドと云う総称を持つ化学物質が主流になっている。お茶・大豆・赤ぶどう酒・漢方薬の成分等々の伝えられている効果が卑近な例である。平成になってから、米国立癌研究所の肝いりで癌予防のためのニンニク・甘草をはじめとする有名機能性植物成分の広汎なプロジェクトも進められている。
 人類の食物史に照らしてみれば、食物繊維と低分子植物成分が人の活性に密接不可分であるのは自明のことかもしれない。人も他の動物同様、乏食が基調となって体の仕組が200〜300万年にわたって作られてきた。例えば、脳や筋肉の働きに瞬時も欠かせない血糖(ぶどう糖)が低下しかかると、脂肪・筋肉などから血糖を供給する仕組は万全に整えられている。それに対し1万年以降徐々に広がった穀物生産にはじまって、すぐ吸収される砂糖の普及によって、こゝ20〜30年はカロリー過剰で、溢れる程の血糖を下げる方はインスリンに頼るしかないない体の仕組になっている。
 生理活性低分子成分に関わる食物史を考えてみると、百万年のオーダーの採取・狩猟生活の間、それこそ草根木皮の類まで口にせざるを得なかったであろう。それらは大量の食物繊維的なものでボディが形成され、そして必ず「あく」に代表されるような低分子成分が必ず存在する。丁度大豆に各30%・2%の食物繊維・低分子成分があるように。時には毒物的低分子成分でも量的配慮をしながら摂ったであろう。その毒物的夾雑物でさえ生体維持の一環に組込まれてしまうのに十分な時間であったと考えられる。
 21世紀を迎える食生活のあり方の背景のようなものを前置きとして述べてきたが、キノコの生理活性成分の各論にはいることとする。

1 キノコの食物繊維(Dietary Fibre, DF)

 キノコ愛好家としては、キノコがDFの塊のようなものであることぐらい先刻ご承知と思う。ではどのくらいの%(対乾物)かといえば、数十種の平均で40%台、これにDFではないがよりDF的効果のより強い糖アルコールを加えると50%台となり、DFリッチと考えられる山菜の平均値26%の2倍である。
 いくつかの典型的なキノコの補正されたDF各成分含量値を表-1 に示す。

表-1 補正された食物繊維総量(TDF)1とキチン質・蛋白質含量
                              (対乾物%)

 TDF  左のDF中の不溶性DF 左のDF中のキチン質 補正された蛋白質
シロキクラゲ 81 40 1.1 4.4
キクラゲ 70 58 1.5 3.4
アラゲキクラゲ 93 46 1.7 4.0
エゾハリタケ 86 80 1.9 4.5
シイタケ 53 48 8.9 2.0
ムラサキシメジ 30 27 10.4 8.9
エノキタケ 34 31 5.8 6.1
クリタケ 39 29 8.6 11.3
ナラタケ 45 40 7.0 7.9
ショウゲンジ 39 36 9.6 7.5
ハナイグチ 44 36 7.5 7.3
アンズタケ 46 40 7.7 7.5
クロカワ 41 31 6.4 6.7

a  補正とは、菌類には植物にはないN(チッ素)含有多糖類であるキチン質(カニの殻として知られている)を細胞壁構成分としているため、食品分析上蛋白質含量が過大となり、そのあたりを修正したものである。勿論キチンもセルローズ・ペクチン・リグニン等と同様小腸で消化吸収を受けず大腸内の100兆個の生きた嫌気性菌によって一部は酢酸などになるが腸内容物に嵩をもたらすので、DFである。なお、ついでに若干横道であるが、DFと違って難消化性オリゴ糖や糖アルコールは、腸内容物の嵩をあたえず、通過中に酸と菌体に変わってしまう。1g中1兆個という細菌をつくる大腸という連続製造装置はバイオテクノロジーが進んでも無理であろう。
 表から云えることは、異担子菌のキクラゲの仲間が圧倒的にDFが多く,水溶性DF(全DF-不溶性DF)も多い。おそらく他の膠質菌やオオゴムタケも同様であろう.反面キチンは一般のキノコに較べ極端に少ない。
 DFが支えている役割を一言で云えば、体の恒常性(ホメオスタシス)であり、具体的には、腸内菌(腸内容物)の改善・増量・酸性化による整腸、肥満の抑制、大腸癌の防止、抗高脂血症、免疫賦活、抗腫瘍、高血糖高血圧等の低下、肝保護、など切りがない。ただし後半はあくまでも間接の効果で劇的な反応ではない。
 DF源としてキノコの名声を上げたのは、1--3グルカンと云う菌類特有の水溶性多糖類で、カワラタケ・シイタケ・スエヒロタケからのものは公認市販されており、マンネンタケ・コフキサルノコシカケ・マイタケ・ブクリョウ・マツタケ・エノキタケ・シロタモギタケ・ヒメマツタケ等々については多くの抗腫瘍レポートあり、皆1--3グルカンが主要成分となっている。もっとも、ネズミに対する実験腫瘍の効果がそのまま人の癌にあてはまるものではないし、免疫活性化の働きから癌予防に食材に用いるのが本筋であろう。
 DFではないが、シイタケをはじめとするキノコの核酸関連物質のインターフェロン誘導性、シイタケ蛋白の抗植物ヴィルス性、マツタケの抗腫瘍性蛋白質などの生理活性高分子が知られている。

2 キノコの生理活性(機能性)低分子成分

 この成分はDFと異なり、1) 多種多様 2) 水か油に溶ける 3) 多くは苦みなどの味をもっている、などの低分子に基ずく特徴から、腸管吸収され血流を経て肝臓にはいる。従って、DFと較べより直接的であってレスポンスが速い。丁度漢方薬程度であり、まとめて摂ると毒的となる傾向があって、またいわゆるキノコ毒との間に連続性・漸移性がある。
 しかし、例によって考えてみると、現代人となるまでの何百万年の間、木の実から草根木皮にいたるまで摂らざるをえなかったでしょう。それらによって苦い・渋い・辛い・えぐい等の抵抗を凌ぎ、時には体に異常さえ起しがら細々と種族を保つ中では今のような食物アレルギーなどあり得なかったであろう。ポリフェノール・フラボノイド・テルペノイド・タンニンなどの中に漬かっているうちにホメオスタシスと密接不可分、つまり、元気な体のための必要成分になってしまっているのであろう。
 キノコ低分子成分の生理活性に関する報告も近来多く、以下表-2 に記載する。
 ただし、取り上げられている数々の成分にキノコの顔があるのではなく、もっと多くのはっきりしない生理活性成分、取り上げる価値のない成分、そしてまだ名もなく知られてない何千何万の成分の方にこそ機能性食品キノコとしての持ち味があることを付言する。現実にもキノコ粉末による抗酸化性・血圧降下性・抗腫瘍性等のデータは枚挙のいとまがない。

表-2 キノコの低分子成分と生物活性

シイタケ  エリタデニン( 核酸分解物 ) コレステロール低下
レンチナマイシン(ポリアセチレン) 抗かび性
ヤマブシタケ ヘリセノン(フェノール)新脂肪酸 神経成長促進 抗腫瘍性
ナラタケ  メレオリド(テルペノイド) 抗かび
(ヌクレオシド) 脳保護 鎮静
ヒメマツタケ ステロイド類 脂質 抗しゅよう性
マンネンタケ ガノデリン酸(テルペノイド) 血圧降下
マイタケ グリホリン(フェノール) 抗細菌性
サナギタケ コルジセピン他(ヌクレオシド)
ニンギョウタケ (サルチル酸ポリエン誘導体) リポギシナーゼ阻害抗炎症
ブクリョウ (テルペノイド) 抗変異原性
ツキヨタケ イルジン(テルペノイド) 強い抗腫瘍性をもつ毒成分

a

主な参照資料

  1. 倉沢新一,菅原龍幸,林 淳三 栄食誌,44,293(1991)
  2. 水野 卓,川合正允 編著 キノコの化学・生化学,学会出版センター



HOME