クマシメジの話
高橋 博(川口市)


a  見つけたいキノコのひとつにクマシメジ Tricholoma terreum がある。ヨーロッパでは古くから優秀な食菌として知られ、欧米の図鑑にはたいてい載っている。スイスの菌類図鑑その他を見比べながら形態的な特徴を抜き出してみた。

 傘径5〜8cm、傘表面はみっしりとした綿毛(わたげ)状、またはフェルト状で、放射状に繊維紋があり、小鱗片で覆われたようにもなる。色は灰色〜灰褐色〜ほとんど黒、と変化に富む(この点、ハマシメジ Tricholoma myomyces も灰色〜灰褐色と傘の色に幅があるが、それほど黒っぽくはならない)。傘の縁はいくぶん内側に巻いており、老いるとやや波形にうねる。ひだは陥入し、隔生。白または淡い灰色で、やや疎。肉は白または淡い灰色で、締まっている。味はマイルドで、粉っぽくはない。香りはほとんどなく、あっても特徴のない香りである。柄は丈4〜8cm、径1〜1.7cm、円筒状か、いくぶん下部が太い棍棒状で、色は白または灰色、絹のような繊維をまとう。柄もしっかりしているが、老いると中空。発生形態は、単生または群生。トウヒ属、マツ属など毬果を結ぶ針葉樹林の石灰質の土壌に多く、稀に広葉樹林にも自生。あるいは針葉樹が散在する林や林縁部、森の牧草地などにも自生することがある。

 さて、このクマシメジが日本に自生することが報告されたのは昭和13年(1938)で、当時北海道帝国大学農業生物学科助手であった今井三子(いまい さんし、1900.2.20〜1976.1.9)が、博士論文 "Studies on the Agaricaceae of Hokkaido" に記載したのが最初 とされる。しかし、長らくクマシメジの認知度は低く、一般のキノコ愛好家にまでその名が知られるようになったのは、1988年、山と渓谷社の図鑑「日本のきのこ」に掲載された以降と思われる(推測の根拠は省略)。

 ところが、1992年、日本にもTricholoma myomyces が自生することが確認され、それまで仙台地方の方言名であったハマシメジとして学会報告されると、従来クマシメジとされてきた種は、全部ではないにしてもハマシメジだったことが判明し、では本当のクマシメジは日本にあるんだろうか、という話になってしまった。こういう経緯を私が知ったのは一昨年11月頃のことで、この時からクマシメジに興味を持つようになったわけである。

 クマシメジとハマシメジの違いは、ハマシメジにはしばしば幼菌時にコルチナ(クモの巣膜状のもの)の名残がみられるが、クマシメジにはそのような皮膜がないという点で区別される。また、前述したようにハマシメジの傘色は黒にはならないことから、黒味が強ければクマの可能性が高くなる。ただし、キシメジ属の中でクマシメジやハマシメジと似たような形態を持ったグループ、すなわち、傘表面が綿毛状〜フェルト状〜鱗片状で、なおかつ色が灰色〜灰褐色という種は、海外では他に何種も知られており、中には毒茸もあるので注意が必要である。当会では、昨年(1999)秋の福島県二岐温泉での鑑定会で、このグループに共通する特徴を持つキシメジ属が見られたが、名前は付かなかった。

 ちなみに、日本の図鑑にクマシメジとして掲載された写真は、全部ではないにしてもハマシメジである可能性が高いようだ。例えば、山渓「日本のきのこ」のクマシメジの写真は、同じ山渓「フィールドブックスきのこ」のハマシメジの写真と同じ種に見える、という感想をしばしば耳にした。私にもそう見えるが、それよりもさらに問題なのは、「日本のきのこ」ではクマシメジにクモの巣膜があると書かれていることである。誤記の原因は不明だが、一説には、ヨーロッパでもハマシメジがクマシメジと区別されなかった時期があり、古い資料を執筆者が参照したせいではないか、といった推測も伝え聞いたことがある。例えば、Kuhner & Romagnesi "Flora analytique des champignons superieurs"(1553)という有名な文献には、クマシメジにクモの巣膜があると記され、ハマシメジは掲載されていないのだそうだ。こうした話は、菌類研究者のメーリングリストである幼菌MLの情報を会員からメール転送してもらって知り得たことで、勝手に公開するのは多少気が引けるが、もう古い話だし、有益な情報はどんどんオープンにすべきだろう。

 ところで、このクモの巣膜というのも必ずしも確認できるものではなく、私の場合、回数にして数回、個体数にして100本以上はハマシメジ(と思われるキノコ)を九十九里浜や鹿島灘沿岸で見ているが、当初は無頓着だったせいもあり、いまだ一度もその皮膜を見たことがないのである。しかし、見たという人が当会にもいるわけで、確かに皮膜はあるのだろうと信ずる。先々月だったか、当会の湯峯英二氏が九十九里浜で採取したハマシメジをどこかの鑑定会に持参したそうで、それには確かに皮膜があった、ルーペで確認した、という話を忘年会で横山元氏から聞かされた。

 クマシメジかどうか分からないが、モミの木にそれらしいキノコが出ると聞いたのも横山氏からだった。同氏が軽井沢の別荘地で撮ったというそのキノコの写真を見せていただいたことがあるが、ハマシメジよりも黒っぽく、ごつい感じであった。幼菌はヘルメット状であり、老菌は傘の縁が波打っている。クマ・ハマのグループには間違いない。仙台きのこ同好会の安藤洋子氏からもモミ混じりの雑木林にそれらしきキノコが出ることを教えていただいた。

 それから1年後の昨年10月下旬、自分にとっては馴染みの観察地である山梨県某所にクマシメジを探しに行った。探して30分もしないうちに、まさにモミの大木の下でクマ・ハマのグループとおぼしきキノコの群生に出会った。しかし、横山氏の写真のものとは異なり、かなり茶色味が強い。柄も傘もより大きく、柄の丈、傘径ともに10cmを超えるものもあった。特徴的だったのは、見つけた10数本がすべて、幼菌も老菌も傘の縁が白っぽかったことやひだがベージュ色である。これはクマシメジではなさそうだと直感した。デジカメでの写真は失敗だったので、撮り直しに翌週も同じ場所へ行った。まだ数本あったが、不思議なことに傘の縁が白っぽいものは1本も見られなかったことである。図鑑とにらめっこし、Tricoloma sciodes という種に最も近いと思ったが、同定できないまま捨ててしまった。(この稿、たぶん来年につづく)




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