スイスきのこ炉辺雑談
松村祐二(川越市)


a  たまたま縁あって8月下旬から9月中旬にかけてスイスを旅行する機会に恵まれた。スイス国籍の姪夫婦がバカンスを遅れてとり、これに合流させてもらってスイスの農村とアルプスの山間で10日ほど過ごすことになったのである。
きのこの採集や観察が目的ではないので、不十分な点はお許し願ってきのこ雑話をレポートしてみたい。

きのこおじさんとその息子のきのこ談義

 ジュネーヴから北東約7〜80キロ離れた農村地帯。ペスタロッチの生地イべェルドン在に2泊ほど宿泊させてもらい、半日ほどちょっと山に入った。ニューシャテル湖を眼下にみおろすモミ林である。大型のコウタケがあちこちに生えていた。日本産と変わらない。この地で、コウタケは塩水でゆで、水をよく切ってからワイン入りの酢に浸けておいて2〜3ヶ月してからピクルスにして食べるという。さもなければ、乾燥してスープの出汁に使用するとのことで、この点も日本と変わりない。キホウキタケ(Ramaria flava)、ムラサキシメジ (Lepista nuda)などいずれも大振りのものがあったが、残念ながら雨に降られ早々に下山した。帰宅してから、早速ワイン片手に、きのこ談義となり、きのこ好きの親子の推薦するおいしいきのこベスト5をうかがった。きのこおじさんがあげた順位は次の通りである。

 1位 ヤマドリタケ(Boletus edulis)
 2位 クロラッパタケ(Craterellus cornucopioides)
 3位 アミガサタケ(Morchella rotunda)
 4位 ハイイロシメジ(Clitocybe nebularis)
 4位 ムラサキシメジ 上記種と同位とのこと

 これに対してその息子さんは
 1位 ヤマドリタケ
 2位 アミガサタケ
 3位 アンズタケの仲間(Cantharellus sp.):日本新菌類図鑑には見当たらない(日本新菌類図鑑にはない。色がアカタケに。現地の図鑑によればアンズタケの傘を茶色にしたような姿。スイスでは秋のアンズタケといっている。
 4位 シバフタケ(Marasmius oreades):牧草地がおおいためか?日本ではなかなか食べられるほど採れない。
 5位 ヌメリガサの仲間(Hygrophorus marzuolus):これも日本新菌類図鑑にはない。聞くところによれば3月頃生える(学名通り)ヤギタケ(近縁種)のような感じのきのこのようだ。

をあげたが、いずれも第1位がヤマドリタケで共通する。フランス料理ではセップ(ヤマドリタケの通称)は貴重な食材と聞いていたがまさにその通り。この地方ではボレと称して山で見付けると興奮する由。どこかの国の松茸に似ている。
 後半に記述するアルプスの鄙びたレストランでボレ料理を食べてみた。パスタに添えて、バター、オリーブ油に、ワインをまぶして炒め、パセリを振りかけた簡単なボレ料理であったが、その美味しさは当地の人が自慢するに十分値する味だと思った。ジロール(アンズタケの通称)の舌触りも良かったがやはりボレに勝るものない。残念ながら季節の関係でモリーユ(アミガサタケの通称)は食べる機会がなかった。新鮮なモリーユはオムレツの具にするのが一番合うが、乾燥ものは刻んでソースにすると子牛の肉にぴったりと教えてくれた。
ついで最も危険視する毒きのこを尋ねたところ第一がタマゴテングタケ(Amanita phalloides)ついでシロタマゴテングタケ(Amanita verna)第三はドクツルタケと思いきやフウセンタケの仲間(Cortinarius orellanusに似たきのこ)をあげてくれた。猛毒としてきのこ狩りを手ほどきする時必ず教えている由。
 日本で事故の多いクサウラベニタケとウラベニホテイシメジのように食・毒の間違えやすい代表的な種を尋ねたところハイイロシメジとイッポンシメジ(Entoloma sinuatum)の間違えが圧倒的に多いとのこと。ちなみにウラベニホテイシメジは見たことがないという。現地の図鑑にも掲載がなかった。
 話は延々と続いたが、ワインの酔いがこころよく廻ったところで、お暇を頂戴して寝室に入った。当地の夜は既に秋の気配。暖炉の火が灯るのもそう遠くはないようだ。

覗き見したアルプスのきのこ

 万年雪をいただく峰々が地を睥睨する山間の部落のシャレー(格好よく言えば貸し別荘)を用意してくれて4〜5日過ごしたが、きのことは関係なく、案内されるところについて行くのが精一杯で、途中、横道にそれてきのこの写真を何葉か撮影させてもらった。
シャレーの場所は海抜 1,600 米程のところ。樹種はモミ属 Abiesとトウヒ属 Picea(実が下を向くのがピセア、上を向くのがアビス・アルバ Abies alba=ヨーロッパモミとか、連れが造園の専門家だったのでいろいろ教えてくれたが分かったような、わからないような、モミ属についてもその程度の解説にしてもらった)で,ツガ属はない。谷の川沿いにブナ、白樺の広葉樹が少々続く。この地から山に登るとカラ松(ラリックス Larix)地帯が始まり 2,000 米を越すと森林限界まで五葉松に似たアロ−ラとなる。アロ−ラは地名にもなっている程で,日本名は分からないがカラ松と混生林をなしている。幸い高度により樹種がはっきり色分けされているため、樹種を見ているだけで、高さがわかるのがいい。いずれにしても針葉樹林帯である。シャレーの近くではハイイロシメジ、センボンイチメガサ(Kuehneromyces mutabilis)を見たが、高度が高くなるに従って種が分からなり、勉強不足がてきめんに響いてくる。ハナイグチ(Suillus grevillei)がカラ松地帯にあるのはいいとして、キイロイグチの仲間(Pulveoboletus sp.)と思われる、管孔がくもの巣状におわれているが、傘には黄色の綿状粉質でなく、鱗片が観察される種があったり、柄が太い他は姿、形がアカヤマタケ属(Hygrocybe sp.)に似ているが蝋細工のような華奢でなく、しっかりしたきのこがあったり、すっかりお手上げ状態になった。ヒトヨタケ( Coprinus atramenta- rius)ムラサキシメジ、カラカサタケ (Macrolepiota procera)山の牧草地に入ってハラタケ(Agaricus campestris)が散見されたのは日本と変わらない風景だった。もうすこし写真を撮って報告できれば、思ってもみたが、マッターホルンを望みながらの山歩きの贅沢ができたのだから、良しとしなければいかんだろうとあきらめることにした。
できたらきのこだけでもう一度アルプスの麓を歩いてみたいが、21世紀のどこかの時点で、ひょっとしたらわが会の観察会がスイスで開かれることもあるのではないか、と期待して拙いレポートを終わりたい。(1999.9.28記)



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