灯台もとはキノコの宝庫
松迫慶廣(吹上町)


a  1999年、昨年の夏の衰えはいつもの年より2週間は早かった。私が住む吹上町中層住宅4階は、毎年9月15日ごろになると、南に面したヴェランダから入る夕方風は湿度が少し落ちて、夏の暑さがやわらぎ始める。ところがこの年の夏は、8月末日の風から変化した(ような気がした)。しかし、秋の始まりの兆候は早かったが、本格的な秋の到来は遅れ、長い間秋は入口の当たりをウロウロしていた。そしてまた、秋から冬への移行にもいつまでも手間どり、12月中旬になっても黄葉を梢に残したコナラがめずらしくなかった。
 長い長い秋であった。
 この秋、私は土曜日や日曜日も仕事に出ることが多く、福島県天栄村の宿泊観察会を除いて、遠くへ出かけることができなかった。
 遠くの山へ行けない秋は、つまらない秋になりそうだった。しかし、休日の仕事はその始まりが、昼からや夕方からが多く、早朝から昼までは空いていることが多かった。そんな日は朝まだきに起きて近くの林を歩くことにした。
 埼玉県を中山道沿いに見ると、浦和から大宮、上尾、桶川、北本まで鎮守の森や農家の屋敷林を含めて、小さな森や林が散在している。ところが、鴻巣を界に吹上、行田、熊谷に入ると、とたんに林が少なくなる。小さな神社や寺はあっても、かつてはその境内を守っていたであろう森は失われている。民家も屋敷林と呼べる厚味のある林を持たず、「とりあえず裏庭に何本かケヤキだけは植えておいた」ような、言い訳じみた緑相である。耕地を少しでも広く取った事の結果だろうか。その分畑や田圃の広がりはみごとなのだけれど。とかく埼玉県は、南より北が木が少ない。
 と言うことで、吹上町に近いネイチャーランドは比企丘陵である。吉見、川里、東松山、滑川、嵐山、この範囲なら午前中2〜3時間の林中散策はむつかしくない。

 10月11日
 比企丘陵は快晴。「歩け歩け」の人たちにたくさん会う。東松山市のスリーディマーチが間近いせいか。ウオーミングアップを兼ねているのかもしれない。そんな人たちの足元。丘陵の北斜面を縫う道路の法面。10年から15年位の松が数本。下はところどころに笹のあるカヤ混ざりの、広い意味では芝。大きなハツタケが1本。傘に美しい輪を鮮やかに見せている。その周りに幼菌が3本。いずれもカヤの枯草を頭に載せて私を見ている。少し離れてヌメリイグチの成菌が5本。これは表情の乏しい褐色の傘で、だまりこくった爺様達のようにそっけない。斜面は高さ5m 、長さ20 m ほど。よく数えると松は8本、斜面の中央部に2〜3m の間隔で生えている。長く伸びた芝をかき分け、ていねいにさがすとヌメリイグチは幾つかのグループに分かれて総勢30個余り、幼菌と成菌のみで老菌は無い。ハツタケはかなり老化した菌が1本。成菌3本、幼菌4本。
 ハツタケの名前の由来について、モノの本に「秋早く他のキノコに先がけて出てくるからハツタケ・・・」とあったのを記憶していたので「今は10月中旬、遅すぎはしないか」と思った。がまた「なかなか本格的な秋になりきれない今年だけの現象かもしれない」とも考えた。とりあえずモノの本の発生時期に関する記憶の記載を若干訂正した。そしてハツタケ3本、ヌメリイグチ5本を紙に包み、厳かにこの斜面を「八本松」と命名した。休日でも働かなければならない私に、神はこの豊かな発見を与えて下さった。近くの箭弓神社と吉見観音にお礼を申し上げた。

 10月17日
 しらじら明けに起きて八本松へ。先週残しておいたハツタケは成菌になり、ヌメリイグチはかなり老けてしまった。それでも小さな頭のヌメリイグチが十数本出ていて頼もしい。

 10月24日
 秋ヶ瀬公園野外観察会の日である。昼間は仕事があって、観察会には解散までに間に合いそうなら参加するつもりでいた。それでも早朝は空いている。「3週も続けてハツタケはあるまい。でもヌメリイグチはあるだろう。」と朝まだきの八本松へ出かけた。あった、ありました。もう終わったろうと思ったハツタケの幼菌が4本。ヌメリイグチも新たな幼菌の発生が続いている。観察会に間に合うかもしれないので、ハツタケ3本を紙に包む。

 10月31日
 もう新しい発生はないだろうと思ったが、いつまで出るのか、無いなら無い事を確認したくてまたも八本松。
 私は驚きあきれた。ヌメリイグチは幾つかのグループに分かれて健在。幼菌も認められる。ハツタケは幼菌2本が新たに頭を出している。5 m × 20 mの斜面に、4週間も飽きずに発生し続けるキノコ達。その体力にも驚く。

 11月6日
 比企丘陵はスリーディーマーチの中日。リュック負い、ゼッケンを付けた老若男女。外国人もたくさん参加している。
 八本松ではハツタケの新たな3本の幼菌。ヌメリイグチはもう幼菌を出していない。
 この日私は驚きもあきれもしなかった。先週驚いたのは、私のキノコに関する知識が著しく貧しく、思い込みだけが激しいせいにあったのだ。一定の自然条件の中で、自然にふるまうキノコの動作と、私の自分勝手なキノコへの思い込みの落差が大きすぎて、その差がビックリの元だったのだ。

 11月13日
 6週目。ハツタケはドス黒くカラカラに乾いている。ヌメリイグチは傘も柄も腐って自分の重さで崩れている。

 やっと終わった。八本松のキノコの秋が終わった。最後の黒く干からび崩れているキノコ達を見て私は思う。彼等がこんなにも根気よく、たくましく発生したのは、珍しくも特別なことでもなく、毎年、この斜面で繰り返している営みなのか。それとも1999年の、特別長い秋のせいだったのだろうかと。



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