図 鑑
吉田考造(皆野町)


a  川崎市の青少年科学館や生田緑地を本拠に、今最もめざましい活動をしている会の一つ、菌類懇話会、その中心的なメンバーの井口潔さんは会のニュースレター「菌懇会通信」No.21-23 (1998) に「図鑑・書籍の誤り」と題して、山渓カラー名鑑「日本のきのこ」など7冊を取り上げ、井口さんからみた写真・図版を含めた記述内容の誤りなどを指摘しながら、いくつかの私見を述べています。これはその年の22回例会(1998年1月11日)に「きのこ図鑑の間違い探し」として話題提供したものをまとめたもの。私自身も常日頃思っていることが述べられているので、改めて、ここにその私見の一部を紹介しながら、若干のコメントを加えてみました。
 図鑑だけが頼りであっても、「著者の権威を盲信せず、常に批判の目を持って図鑑を活用していきたいものである」。その批判があってこそ、完成度の高いものになっていくことは周知のことである。学問の世界でも同じで、例えば、きのこの分類学的研究でも、不備を承知しながらも、その成果を論文として発表することがままある。その結果、その不備が指摘されたり、成果そのものも批判を受けたりする。そんなやりとりの中から次の論文が生まれる。この繰り返しから、そのテーマや分野が徐々に明らかになっていく。やがて、研究成果の集大成たる図鑑(植物の分野では至文堂「新日本植物誌」や平凡社「日本の野生植物シリーズ」など)ができ、きのこの分野でいけば、井口さんはふれていないのだが、保育社の「新日本原色菌類図鑑」(現時点では改訂が一番必要な図鑑の一つと思っている)が生まれたのであろうと思う。それを基に、普及書としての、今、手にしているような普及版カラー図鑑が作られるべきであると思う。ところが、新刊書を「売れればよい」という商業ベースにのせるため、基本的なところで逸脱している側面が出ていたりして、読者をまどわしていると思われる。もうひとつ「新日本原色菌類図鑑」の改訂がおろそかになっているのも、逸脱普及書出版の背景かも知れない。
 「仮称を付して学名不明の菌を収録すること自体にさまざまな問題が派生する危険がある」、そしてある図鑑に対しては、「わざわざ新しい仮称を当てて図説したのが却って著者の無知(または怠慢)を露呈している」と手厳しく述べている。これはまさしく逸脱した普及書および著者への批判である。
 「掲載種を抑え、その分だけ各種類の解説にある程度のスペースを当てるか、あるいは絵合わせ用と割り切って種数の多さを打ち出すか、日本のきのこ関係書籍も、その方向性をそろそろ明確にすべきではないか」、「じっくりと長いスパンをもってより正確な図鑑をつくるか、あるいは多少の誤りは覚悟の上で一区切りとしての図鑑製作に挑むのか」。そこで、井口さん自身が、斬新性をもったきのこ図鑑を出版するべく、つぎの5つの基本方針に基づいて準備しているという。
  1. 写真は科学的な精度と美的品質とを兼ね備えたもの
  2. 記載文はできる限り詳細なものとし
  3. 写真の選定および記載文の作成に際しては、入手できる限りの文献をチェックし、必要に応じて標本調査も行なう。
  4. 掲載種の選定については、自分自身で実物にアクセスできたもの、記載文についても「孫引き」ではなく、すべて自分自身で調査検討したものにする。
  5. 写真や記載文の基礎となった標本を必ず残す。 さらに「学名が確定したもののみを収録し、仮称や地方名は一切これを廃する」としている。
 千葉菌類談話会で活躍中の佐野悦三さんも「菌懇会通信 No.31 (1998.12.12)」に『「 ハマシメジ (T. myomyces)」と「クマシメジ (T. terreum)」ときのこ図鑑』と題して、外国の図鑑とも対比させながら、現在の日本のきのこ図鑑に対して、「日本を代表するというきのこ図鑑の不親切さ、不完全さをもろに実感してしまった。きれいな生態写真をならべておしまいという作りの安易さも原因しているのだろうか? 西暦 2000 年をめざし数社が新しい包括的なきのこ図鑑の出版を準備中と聞く。既刊の図鑑の反省に立ち、ぜひとも世界レベルの図鑑を出版していただきたいと思う。きれいなだけの生態写真は結構、きちんとその種の特徴が分かる絵や写真にしていただきたい。」と述べている。まさにその通りと感じ、切望する会員諸氏も多いと思う。なぜなら、アマチュアにとって図鑑だけが頼りなのであるから。だからといって、「著者の権威を盲信せず、常に批判の目を持って図鑑を活用していきたいものである」。



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