■ シャグマアミガサタケ試食記 | ||
横山 元(浦和市) |
a | 猛毒シャグマアミガサタケは、十分に加熱調理すれば除毒できることからヨーロッパでは古くからおいしいきのことして食用にされてきたが、生のまま食べたり、煮沸による毒抜きを完全にしなかったり、調理中の湯気を吸い込むなどが原因で中毒する人が後を絶たないという。 毒成分はジロミトリンという化合物と、加水分解によって放出されるモノメチルヒドラジン(MMH)という物質で、肝、腎、腸、膀胱に障害を与え、長期摂取により胃がんを発生させることが知られている。 日本ではシャグマアミガサタケが早春に発生することや、格好が日本人好みのマツタケ、ホンシメジなどのおいしいきのこのイメージからかけ離れているせいか食用の習慣がなく、今まで中毒事件とならなかったようだ。これからも一般の人達がシャグマアミガサタケを食べて中毒するとは思えないが、私たちのようなきのこマニアがシャグマアミガサタケの毒抜き調理に失敗したり、海外のシャグマアミガサタケの缶詰めを加熱せずそのまま食べて中毒することは十分考えられる。そこで今回は、今までシャグマアミガサタケに関して知り得た知識をもとに試食してみた。 私が初めてシャグマアミガサタケを見たのは83年3月20日のこと。浦和市内の見沼たんぼで、アカマツ材の焚き火跡に四本生えていた。当時はずいぶん変な所に生えているなと思っていた。その後、スギ林で見るからに立派なシャグマアミガサタケを採取された会員の標本を見て再度現地を訪れて見るとシャグマアミガサタケが生えていた所から10m程離れたとこにスギが生えており、スギ林にも生えることが確認できた。スギ林に生えるシャグマアミガサタケの発生量は少なく見つけにくいため、最近ではほとんとモミ科樹木林を観察地としている。 98年の早春は程よく雨が降り、いつもの年よりシャグマアミガサタケがたくさん生えた。毎年、春になると今年こそシャグマアミガサタケを食べてみたいと思いつづけて10年が過ぎていた。毎年同じ所に生えてくるが採取して試食となるといつもためらっていた。理由は、どの本にも猛毒きのことして扱われており、食材としてこうして毒を抜いてから食べれば絶対安全です、などと記されていないことにあった。シャグマアミガサタケについて記述のある書物を読んでも著者自らシャグマアミガサタケを食べた様子はうかがえなかった。また、食していても責任ある立場の人は、猛毒きのこゆえに万が一の中毒を思うと、軽々と書けないに違いない。観察会で採取されても猛毒きのこ扱いで毒成分を説明される程度、食べてみようなんて行動に移す者もいない。命あってのきのこ採りだとよく心得ており、誰も食べた人はいなかった。 98年4月19日(日)福島県・七ヶ岳のふもとにシャグマアミガサタケが16本発生。このモミの木周辺に生えるいつものシャグマアミガサタケは私たちが最初に発見、今では埼玉きのこ研究会の観察地となっている。申し訳ないと思いつつ食べごろの(?)五本のみ採取してきた。まないたの上に載せられた森の哲学者シャグマアミガサタケは観念したのか静かによこたわっていた。石突きを切り落とし水洗いしたものを大きめな鍋で10分間煮沸。湯はシャグマアミガサタケの色とほぼ同じく茶褐色に濁り、蒸気はわずかながら刺激臭がする。同じように三回煮沸し半日冷水にさらした。水は薄い褐色に濁るので数回取替えたら濁らなくなった。これでシャグマアミガサタケの毒成分は抜けたとしても、うまみまで抜けてしまうのではないかと思えた。でも今回はおいしさを追求するより中毒しないことが大事なのだ。こうしてシャグマアミガサタケの毒抜き調理を終えた。 さて、どう調理して食べたらいいのか。ヨーロッパではどのように食されているのか、この時点では分からなかった。思いついたのは、いつも食べているアミガサタケやオオズキンカブリタケと同様にバター炒めにすることだった。生の時はあんなにもろかったシャグマアミガサタケも茹でるとしなやかになり扱い易くなっていた。シャグマアミガサタケは大きいのは縦に二つに切り、小さいのはそのまま料理することにした。バターを溶かしたところへ水切りしたシャグマアミガサタケを入れ、少量の塩、胡椒で味を整え作り終えた。いつもならこれに牛乳を入れているが今回は入れなかった。料理は簡単に終ったが、食べることはもっと勇気がいる。最初は一番小さいのを一本食べてみた。すごく歯切れがいいが食感はアミガサタケと変わらぬように思えたが、じっくり味わうゆとりはなかった。 体調に異常ないので翌日、二本分食べた。最初の時は料理直後で温かったが、今回は冷蔵庫で一晩冷えたものをそのまま食べた。最初の時よりこくが出ており、うまみが増しているように感じられた。残りの二本は仕事の都合でさらに一日おいて食べ終えた。四日間かけて五本食べたが体に異常は感じられなかった。 98年5月1日(金)長野県・浅間山のモミ林でシャグマアミガサタケを30本採取。新鮮で美味しそうな10本を選びだし、前回と同じように10分ずつ三回煮沸し、水にさらし毒抜きした。前回はシャグマアミガサタケを洗った時、かさがもろく壊れたので今回はベニタケ科のきのこ同様一度茹でてからゴミ、石突きを取り除いた。一度茹でるともろかったシャグマアミガサタケはしなやかになり扱いやすくなったが、この時湯気を吸わないよう軽く水洗いし湯気がやんでから整理し二回目の煮沸を行った。三回目も湯は茶褐色に濁るがだいぶ薄くなっている。茹であげたシャグマアミガサタケは始め流水にさらし、その後、水が褐色に濁らなくなるまで水を数回取替え水切りして、食材とした。 調理は前回と同じくバターを使った。バターを使ったのは今までに食べたノボリリュウ科やアミガサタケ科のきのこはほとんどバター料理で食べていたからである。このてのきのこはバター炒めが合うと思うが、バターの香りが強すぎ、きのこ自体の香りや味まで消されてしまうような気がした。バターで炒めたところに塩、胡椒で味を整え、今回は少量の醤油を加え出来あがった。調理されたシャグマアミガサタケは大きさが生の時より半分位になっているが、一度に10本全てを食べ尽くすにはためらいがあった。前回の試食でほぼ中毒しないことは分かっているもののいきなり10本は危ないのではないかと思い5本にした。後日残りを食べたが体調に異常は感じられなかった。シャグマアミガサタケの毒抜きが成功したのか、たまたま体調がよかったため中毒しなかったのかは分からないし、勿論、科学的データは何もない。 98年5月7日(木)山梨県・富士山も五月の連休も終わると嘘のように静かになる。ましてやこの時期、きのこ採りなど誰もいない。地元の山菜採りの人達に、きのこ採りに来ましたなどと言って怪訝な顔を何度かされた。坂本晴雄さんがまとめられた「富士山のきのこ」は関東地方のきのこ愛好者が富士山で採取した記録をもとに発生順に記録された苦心作だが、4月、5月のきのこ類の採取記録は少なく、私たちが一つずつ埋めているのが現実だ。富士山の4月、5月にきのこが生えていないのではなく、富士山の春は他の山々より寒く、春も遅い、どうせ今頃富士山にきのこが生えているはずないと思い込んでいるきのこ愛好者が多いだけなのだ。 話はシャグマアミガサタケに戻る。富士山のシャグマアミガサタケの発生はフジサクラが咲く頃が盛りで4〜6月まで観察できる。麓のモミ林から生え始め、六月の五合目まで標高差のシャグマアミガサタケを追いかけ観察が楽しめる。山道をゆっくり車を走らせ、モミ林の道路脇の斜面を探すと意外に簡単に見つけることが出来る。昨年は六月の五合目付近でシャグマアミガサタケのすぐ近くでヒロメノトガリアミガサタケを観察することが出来た。今年の富士山は他の山と同じく春が早かったので、昨年より早めにでかけたがそれでも旬を過ぎたシャグマアミガサタケが方々で見かけられた。採取した食べごろのシャグマアミガサタケは10本。いつものとおり三回煮沸、水さらし後五本づつ別々に冷凍保存した。先々小出しに食べるつもりで分けておいた。この冷凍シャグマアミガサタケも解凍後、今まで通り変わりばえしない料理で食べたが中毒症状は最後までなかった。 煮沸で三回加熱、調理で一回加熱、計四回も加熱しているのでシャグマアミガサタケの毒成分は十分に除毒できたと思われる。またシャグマアミガサタケの毒成分ヒドラジンは乾燥により無毒化すると記された書物もあるので、会員のどなたか試食してみてください(注意・後記の中山治美さんのシャグマアミガサタケの毒抜き法に生品、乾燥品とも必要とある)。シャグマアミガサタケは送りますが責任はとりかねますので念のため。 シャグマアミガサタケを試食することで一番わかりにくかったのは毒抜き方法で、「十分加熱」だった。十分とは文字とおり10分なのか。無毒化するまでの時間が具体的に記されていない。分からないまま十二分に四回も加熱することになった。煮沸時間をながくし一回で30分間続けて茹であげ食材とし、調理で計二回加熱すれば無毒化しているような気もする。 シャグマアミガサタケの観察地 (いずれもモミ科樹木林) 場所 周辺 時期 発生量 山梨県 富士山 4〜6月 A 長野県 浅間山 4〜5月 A 福島県 七ヶ岳 4〜5月 B 千葉県 清澄山 4〜5月 C 栃木県 白根山 4〜5月 C 群馬、茨城、埼玉、神奈川県は採取記録が少ないようだ。発生量が少ないのではなくシャグマアミガサタケを探す人がいないからと思われる。福島県では残雪わきに生えていたり、平地の浦和市内で三月に観察したことがある。4〜5月とした地域でもっと早く発生している可能性もある。 今回のシャグマアミガサタケ試食にあたり池田和加男さんからは煮沸時の注意や、実際に食されている方のお話をお聞きさせていただいた。一番印象に残っているのは、食されている方の、「シャグマアミガサタケほどおいしいきのこはない」というシャグマアミガサタケの味を極めた言葉だった。 中山治美さま(東京都)からはシャグマアミガサタケの毒抜き方法を教わったので掲載させていただく。また中山さんからはドイツのきれいなシャグマアミガサタケの切手もいただいた。ありがとうございました。 [中山さんに教わったシャグマアミガサタケの毒抜法] 生品、乾燥品共に 1.たっぷりの水に放り込みグラグラさせる。 2.この時、湯気と共に有毒ガスが発生するので、できれば風通しのよい屋外などがよい。 3.お湯を捨てる。 4.もう一度水からグラグラさせる。 5.お湯を捨てる。 6.更にもう一度水から繰り返す。 7.水に取ってしばらく流水にさらす。 8.水気を切り調理する。 この方法はシャグマアミガサタケを最高の食材とするフィンランドで行われている方法です。ヨーロッパでは大抵このようにして毒抜き食材として調理しています。 杉山信夫氏(京都府)からはシャグマアミガサタケの缶詰まで送っていただいた。ほんとうにありがとうございました。シャグマアミガサタケの缶詰の写真だけでも会報に載せたいと思っていたので感謝感激。杉山さんは冬虫夏草を研究されているので、見慣れない冬虫夏草を採取されたら是非お送りして見ていただくとよいと思う。またフィンランドのシャグマアミガサタケの缶詰について、説明書まで書いて下さったので、掲載させていただく。 「この缶詰では薄い塩水で毒を抜いているようです。毒を抜くときは多めの沸騰したお湯で10分ほど煮、その湯は確実にすてる。それだけが毒抜きの注意のようです。さらに一、二度煮こぼすことが必要です。話では気化ガスも毒なので風通しのよい広い部屋で毒抜きをすると言います。屋外などが安全でしょう。私は狭い台所で煮沸しましたが中毒しませんでした。ただし実際には食したことはありません」 ●缶詰のラベルの訳 シャグマアミガサタケのmuhennos(*1) こまかくみじん切りしたタマネギ(1/2)と細かくしたシャグマアミガサタケ一缶を大さじ半分のバターで炒める。大さじ一杯の小麦粉をよくかきまぜながら加える。1.5〜2デシリットルのクリーム(*2)を加える。およそ10分間ほど煮る。塩と白胡椒で味付けする。肉料理または魚料理と一緒に出す。 内容 薄い塩水で煮たシャグマアミガサタケ 総重量 200g きのこ 110g *1 muhennos 小麦粉でややかためた料理を意味する。 peruna はジャガイモ。 perunamuhennos はマッシュポテトの意味。 *2 ヨーロッパで言うクリーム、牛乳の非常に濃いもので日本ではコーヒーに入れるものにあたる。 フィンランド語でkerma フィンランドではこの料理法で肉、魚のソースとしているらしい。肉、魚の上にのせソースとしてもよいし、そのまま食べてもよしだという。アンズタケもシャグマアミガサタケとまったく同じ料理法で食するそうだ。またフィンランドでのシャグマアミガサタケはややじゃりじゃりするが美味であり、高級料理店のみで提供され、普通の店では提供しないそうだ。じゃりじゃりするのは野性のシャグマアミガサタケが砂を巻き込んでいるせいか? また、フィンランドではシャグマアミガサタケは産出の少ないきのこだという。 98年9月26日(土)群馬県・武尊山(ほたか)群馬県自然の森での宿泊勉強会に浅井郁夫さんがきのこの缶詰をもって来られた。なんとその中にスウェーデン産のシャグマアミガサタケの缶詰が二個、アンズタケが一個、詰め合わせが一個の計四缶。シャグマアミガサタケの缶詰の食べ方はそのまま食べずに加熱調理してから食べるのがヨーロッパの常識だそうだ。私たちの感覚では缶詰になっているならそのまま食べられるような気がするので、缶詰を開けそのままでは絶対に食べないよう注意してほしい。ヨーロッパへ旅行される方は特に注意が必要とのこと。 浅井さんの説明中、私の物欲しそうな表情を察してか帰り際、奥様がシャグマアミガサタケの缶詰をそっと渡してくれた、はずなのに高橋博さんに目撃され条件を付けられてしまった。当然のことだが原稿は締切日の9月30日までに送信するよう確約させらた。プロのライター高橋さんから見ればきのこ原稿など朝飯前の一仕事より簡単に書けるだけに素人の苦しみが分からないのだ。私は勤務先でも始末書より長い文章は書いたことがない。しかし、「横山さんのために今までに延べ六箇月も会報の発行が遅れている」と言われると、きのこ観察も出かけられず書かざるえなかった。おかげさまで締切日より大幅にずれ込まずに済んだ。では皆様御世話になりました。来春は皆様のシャグマアミガサタケ試食体験記をお待ちいたしております。(98.09.28) |